「的を得る(まとをえる)」ではなくて「的を射る(まとをいる)」が正解です。

先日職場で新人君たちの会話でちょっと気になる言葉がありました。

「やっぱ先輩の発言はマトをえてますよねー」
「ん?まとをえる」??
「的を得る」じゃなくて「的を射る」だよね??

と、その場では話の流れもあったので指摘しませんでしたが、ちょっと気になったので改めて調べてみました。

するとやはり「的を射る(まとをいる)」が正解のようで、意味としては、目標を打ち抜く、ということで、物事の核心を付く、という意味になるようです。
「的」=「核心」という部分のみが一人歩きして、誤用が多くなったとの事。実際に間違って覚えている人も多いようですね。

また同じ会話になったら嫌味の無いように正してあげられればと思います。
本当に人生日々勉強ですね。


One thought on “「的を得る(まとをえる)」ではなくて「的を射る(まとをいる)」が正解です。”

  1. 的を得る正当論を滅ぼすためのテンプレ。コピペ拡散希望

    正鵠を得るが礼記にある→ない。礼記の不失正鵠(正鵠を失せず)を失わずと間違え、そこからの推測で正鵠を得るができただけ。漢語に得正鵠は存在しない。失正鵠(正鵠をそれる)の対義語は中正鵠(正鵠にあたる)。用例もある
    正鵠は的の中心の黒星のこと→それは礼記からずーっと時が経ってからできた意味。正鵠の本来の意味は的の中心の黒星ではなく、単純に的のこと。正も鵠も的の大きさで言い分けるだけ
    得には当たる意味がある→ない。得より取のほうがよっぽどマシかもね
    射るだと当たったかは不明。射抜くにしなければならない→違う。射るには当たる意味がある。これは日本古来の意味。用例もある
    昔は漢籍に精通した人が多く、年長者ほど正鵠を得ると的を得るを使用する→正確に伝来できずに意味を間違えた漢語は沢山ある。正鵠を得るは日本最初の要点を上手く捉える意味の語句だから認めざるを得ないだけ
    中国語で得正鵠がある→それは日本から中国に伝わったもの。正鵠を得るは諸悪の根源である
    正鵠を得る、正鵠を射る、的を射る、的を得るの順に作られた。正鵠を射ると的を射るこそが誤用→正鵠を射る(正鵠=的。射る=中)は正鵠を得るの訂正。的を射る=正鵠を射る=中正鵠≠正鵠を得る=得正鵠=的を得る
    的を得るは誤用じゃない→誤用は言葉の意味を誤って使うことで、言葉そのものを誤ったときには使用できない。的を得るは誤用ですらない
    的を得るは正しいんだ→的を射るは慣用句で、的を得るは慣用句ではない。慣用句は特定の単語の組み合わせでなければならず、同じ意味の単語ではダメ。100階から目薬、写輪眼が無い、馬の耳に聖歌、ハローキティに小判が正しいとでも言うのか
    根拠を出せ→民明書房にも劣る得る正当説を信じる君が大好きなネット検索で調べてみよう。それでも納得できなければ、辞書や古典とかいろいろ読んでみよう。もちろん角川や三省堂以外もね
    無根拠で得るを否定する無責任なヤツは得る正当論に反論できなかった。論破したから正論だ→なにが正論かは時と場合によって変わるし、論破されなければ正論というわけでもない。文化庁などの総意を無視して詭弁をふりかざす無責任なことは止めてください

    言語力をなくした悲しい正鵠を得る・得正鵠・的を得る信者さん。このキュアハートが、あなたの正しい言葉の観念、取り戻してみせる!

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